2020-10-25

平田弘史『太刀持右馬之介』

武士の栄光と悲惨


野球日本代表を「侍ジャパン」と誇らしく呼ぶように、侍や武士には華やかなイメージがある。それは一面の事実かもしれない。しかし歴史上の武士には、自由のない身分社会で、悲惨な現実があったに違いない。


平田弘史の短編マンガ『太刀持右馬之介』(夏目房之介編『現代マンガ選集 侠気と肉体の時代』ちくま文庫に収録)は、そんな武士の栄光と悲惨を描く傑作だ。フィクションだからこそ問題の本質が鮮明になる。

盛右馬之助(もり・うまのすけ)は天下無双といわれた怪力の持ち主。ある藩で、名誉な太刀持役を務めていた。毎年春秋の二回、御先祖の墓参りの際、城から六里も離れた山頂の墓地まで、重い大太刀を片手で捧げ持つ。

過去には重労働のあまり絶命した者もいたというこの職務を、右馬之助は長年立派に果たし、主君を満足させ、藩内の尊敬を集めた。けれども今、齢六十を越え、さすがの右馬之助も体力の限界に苦しむ。上司に辞退を願い出るものの、後任がいないという理由で許されない。

右馬之助には金次郎という一人息子がいた。ところが金次郎は生まれつき病弱。父の跡を継がなければと焦るが、父の右馬之助も、病に伏せる母も、無理に跡を継がず、得意なことを生かすよう勧め、金次郎本人も文庫役に進もうといったんは納得する。

だが事態は急変する。ある日、疲れのたまった右馬之助が倒れる。見舞いに来た友人に対し、上司らは金次郎に跡を継がせよと言うが、息子は母親に似て体が弱いのでそれはできないと語ったところ、金次郎がこれを知り、父を楽にするため、やはり太刀持になると決心。鍛錬のため雪の夜中に俵を担いだ無理がたたり、病に倒れる。

秋の太刀持の当日、金次郎は危篤に陥った。右馬之助は悲しみをこらえて登城し、みごと大役をやりおおせた瞬間、主君の虚栄心のため続けられていたこの苦役に抗議し、ある行動に踏み切るのだった。

病弱な息子には、父の役目を継ぐのは身体的に不可能だった。だが他に後任がいない以上、老齢の父を救うには、自分が強くならなければと無理をし、そのために父子ともども悲惨な運命をたどる。父子の態度は感動的だが、職業選択の自由のない身分社会の悲劇に、胸が詰まる。

ところで政府による免許制は、職業選択の自由を制限する事実上の身分制度である。このため、たとえば医師は供給が制限されて人手不足となり、その結果、過労で病死や自殺に追い込まれる勤務医が少なくない。まるで後継者不在のため太刀持を目指さざるをえず、死に追いやられた金次郎のように。身分制度のもたらす悲劇は現代社会に無縁ではない。

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