2020-07-27

トランプと敵対の「正義の味方」FBIの正体…無実の国民を監視・逮捕・大量殺傷

昨年の米大統領選にロシアが介入した疑惑をめぐり、捜査にあたる米連邦捜査局(FBI)が注目を浴びている。トランプ大統領は5月9日、同局のジェームズ・コミー長官を突然解任。これに対し同長官は6月8日、上院情報委員会の公聴会で宣誓証言し、「トランプ政権が自分とFBIについて嘘をついた」(ワシントン・ポスト紙)などと述べた。

コミー前長官の言い分に対し、米大手メディアは大半がコミー氏に好意的で、トランプ大統領を批判している。日本の大手メディアの論調も、米メディアをなぞったようなものばかりである。


けれども、一方的な論調には違和感がある。たとえばメディアはトランプ氏の「嘘」を強調するが、これは文脈を無視している。コミー氏が言う「嘘」とは、トランプ氏が自分を解任した理由である。トランプ政権は解任の際、FBIは混乱状態に陥り、コミー氏の指導力に対する信頼も失われたからと説明した。これに対しコミー氏は公聴会で「あれは真っ赤な嘘だった。FBIの職員があんな言葉を聞かされたことは残念だ。国民にそうした説明が行われたことも残念に思う」と強調した。

だが、これは読めばわかるとおり、政権側の説明を侮辱と受け取り、それを感情的に否定したにすぎない。本人が「嘘」と言いたくなる気持ちはわかるが、メディアがその言葉だけをことさら強調するのは、トランプ氏は嘘つきだという印象を広めたいからだと思われても仕方あるまい。

それでも読者の多くは、メディアのコミー氏支持を素直に信じているようだ。その背景には、捜査機関であるFBIに対する信頼感があるとみられる。FBIは昔からテレビドラマなどで、有能で正義感にあふれ、政治的な腐敗とは無縁の存在として描かれてきた。


コインテルプロ


しかしFBIの現実を振り返ってみると、誠実で有能な組織にはほど遠い。

FBIの前身である司法省捜査局の設立は今から109年前の1908年。同局の最初の「活躍」は、米国が17年に参戦した第一次世界大戦中のことだ。当時のスパイ法に基づき、戦争に反対する多数の労組指導者や兵役忌避者を逮捕・拘留したのである。

このとき捜査局は容疑者の会話の盗聴や私信の開封を始める。現在問題となっている米政府当局による市民の盗聴や監視は、ここに源流があるといえる。

18年9月の兵役忌避者狩りでは、ニューヨーク周辺で5万~6万5000人の容疑者を捕まえ、歩道から引きずり下ろしたり、レストラン、バー、ホテルから追い立てたりして、地元の監獄や軍の施設に連行した。

「そのなかには徴兵忌避など兵役義務放棄の該当者も1500人ほどたしかにいたが、何万人かは理由もなく逮捕され、拘留された」(ティム・ワイナー、山田侑平訳『FBI秘録』上巻<文藝春秋>)

大勢の人間を根拠もなく逮捕・拘留したことは政治問題となり、当時の司法長官と捜査局長はまもなく辞任している。

35年、捜査局は現在のFBIに改称され、捜査局長だったジョン・エドガー・フーバーが初代長官に就任する。フーバーは死去する72年まで、捜査局長時代から数えて実に48年間もトップの座に君臨し、強大な権力をふるって、人権面で問題の多い作戦を推し進める。
 
その代表は冷戦時代の50年代後半に始まった対敵諜報プログラム、略して「コインテルプロ(COINTELPRO)」である。侵入、盗聴、電話傍受によって集めた情報を武器に、何百人、何千人もの共産主義者・社会主義者と目される人物に、匿名の嫌がらせの手紙や国税庁の納税監査、仲間割れを誘うためのさまざまな偽造文書を送りつけた。

コインテルプロの標的には、黒人解放運動の指導者として活躍したマーチン・ルーサー・キング牧師も含まれた。キングと黒人解放運動の背後に共産主義があるとフーバーが信じ、敵視したからだ。フーバーは「あのマーチン・ルーサー・キング、牧師、キリスト教の牧師……まったく頭にくる」と言って、ガラス張りの机をこぶしでたたき割ったという(同書下巻より)。

FBIはキングの宿泊するホテルや私的なアパートに盗聴器をしかけ、キングの妻以外との女性関係をつかむと、黒人と称する匿名の脅迫状を送りつけた。ニューヨーク・タイムズ紙が2014年に報じた未検閲の脅迫状によれば、そこにはこう書かれている。

「お前の汚らわしく邪悪で愚かな会話は、いつも録音されている。……自分の胸に聞くがいい、不潔で異常なけだものめ」

そして自殺するようほのめかす。

「お前はおしまいだ。残された道はひとつしかない。お前の汚らわしく異常で人を欺く正体が国民に暴かれる前に、やったほうがいいぞ」

国家警察が盗聴に基づいて市民を脅迫するなどというと、「そんな陰謀論は信じない」と冷笑する人が少なくないだろう。しかし、これは事実なのだ。

防げなかった「9.11」


93年4月には、FBIの強行突入時に女性や子供を含む米国民81人が死亡する衝撃的な事件が起こる。ブランチ・ダビディアン事件である。

武器不法所持の罪に問われた新興宗教団体の教祖と信者がテキサス州ウェーコの本部に立てこもり、銃撃戦を繰り広げたのち、FBIが装甲車で突入する。ところが建物の一角から出火し、教祖と信者の大半が焼死した。化学兵器禁止条約で使用を禁止された催涙ガスをFBIが使用しており、これにFBI側の銃火が引火したとみられている。

旅客機を使った2001年9月11日の同時多発テロ事件では、FBIは不審な外国人が米国内で航空機の操縦訓練を行っているなどの情報を事前につかんでおきながら、テロを未然に防ぐことができず、非難を浴びる。失態の原因は官僚主義に凝り固まった組織にあった(青木冨貴子『FBIはなぜテロリストに敗北したのか』<新潮社>)。

以上ざっと振り返っただけでも、誠実で有能な「正義の味方」というFBIのイメージが実像からかけ離れていることがわかるだろう。
 
しかも普通の人々を厳しく摘発する一方で、政府関係者や有力政治家に対する取り扱いには、首をかしげたくなるものが少なくない。

コミー氏は長官職にあった昨年、大統領選民主党候補のヒラリー・クリントン元国務長官が在任時に私用の電子メールアドレス・サーバーで公務を行っていた問題で、機密情報の扱いが「極めて軽率だった」と指摘しながら、訴追を見送った。

当時は民主党のオバマ政権で、クリントン候補が次期大統領に有力視されていたことを考えると、「FBIは伝統的に政権から独立している」というコミー氏の公聴会での発言がそらぞらしく響く。

●参照文献(本文に記載したものを原則除く)
Dia Kayyali, FBI’s “Suicide Letter” to Dr. Martin Luther King, Jr., and the Dangers of Unchecked Surveillance(2014.11.12, www.eff.org)
James Bovard, Dethrone the FBI, Not Just Comey(2017.5.12, www.fee.org)

Business Journal 2017.06.19)*筈井利人名義で執筆

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