2020-07-31

ロスチャイルド陰謀論の化けの皮を剥ぐ…デタラメだらけの挿話を徹底検証

陰謀論には、世界を支配するという謎めいた集団や一族が登場する。そのなかでも圧倒的な知名度を誇るのは、ロスチャイルド家だろう。ユダヤ系の金融財閥であるロスチャイルドについては、その卓絶した富と力、冷徹で非情な性格を印象づけるさまざまなエピソードが陰謀論で語られる。

けれども、これらの「ロスチャイルド伝説」は果たして本当なのか。今回はその代表例とされる、ワーテルローの戦いにまつわる挿話をみてみよう。

破産しかけた過去


ワーテルロー(ウォータールー)の戦いとは、1815年6月18日、フランスのナポレオンが英国・オランダ・プロイセン連合軍に大敗し、百日天下に終止符を打たれた有名な戦いである。


多くの陰謀本によれば、当時の英国ロスチャイルド家当主、ネイサン・ロスチャイルドが、ナポレオン敗北の報せを独自の密使によっていち早く入手し、その情報を他の人々に隠し、英国債の取引で莫大な利益をあげたという。

さて、これらのエピソードは事実なのか。以下、検証しよう。

第1に、戦争の結果がロスチャイルド家にもたらした影響である。ハーバード大学教授で経済史が専門のニーアル・ファーガソンは、ロスチャイルド家は連合軍の勝利で「大儲けをするどころか、もう少しで破産するところだった」と指摘し、「彼らの財産は、ワーテルローの戦いによってではなく、この戦いにもかかわらず築かれたというほうが正しい」(『マネーの進化史』<仙名紀訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫>)と述べる。

ネイサン・ロスチャイルドは、それまでのナポレオンの戦争と同じように、今回の戦争も長引くだろうと予想していた。そしてこの読みにもとづき、ネイサンとその兄弟は、戦時中に需要が急増すると予想される金を大量に買い込んだ。まさか戦いがあっという間に終わるとは、つゆほども思わずにである。連合軍側政府への融資や軍需品の買い付けで、ネイサンは大きく儲けるつもりだった。

けれども、戦いが早々と終われば狙いは外れる。

「彼ら兄弟は、いまやだれにとっても無用の金貨の山の上にすわっているのも同然だった。そのカネが必要とされる戦争は、終わってしまったからだ。平和が訪れれば、ナポレオンに応戦した軍隊は不要になり、連合軍も解散する。したがって兵士の給料も、イギリスの盟友諸国に支給する予定だった金も支払われなくなる。戦時中に高騰した金の価格が暴落することは、目にみえていた」(ファーガソン前掲書)

戦争の期間を読み誤ったネイサンは、今や巨大で増え続ける損失に直面することになったのである。


情報隠蔽説


第2に、ナポレオン敗北の情報をネイサンが隠蔽したという説はどうか。ネイサンが独自の密使を使い、情報をいち早く入手したのは事実である。ナポレオンが敗北した6月18日の深夜にブリュッセルで発行された新聞の遅番を、中継で運ばせたのだ(野口英明『世界金融 本当の正体』<サイゾー>)。

しかしネイサンはこの情報を隠したわけではない。作家デリク・ウィルソンはこう書く。

「何にしても、ネイサンが情報を得たとき、まず頭に浮かんだのは、当然、すぐにこの重大ニュースを首相に知らせなければ、ということで、もはや夜も更けていたのだが、彼はダウニング街に急ぐ。ところが現れた執事の言うには、リヴァプール卿(=ロバート・ジェンキンソン首相)はすでにお休みになっていて、お邪魔はできないとのこと。(20日の)朝になってロスチャイルドが伝言を届けても、卿は公式情報に反するとして信じなかった」(『ロスチャイルド』上巻<本橋たまき訳、新潮文庫)>)

ネイサンは手に入れた情報をただちに政府に伝えたのであり、隠蔽したというのは誤りである。

ロスチャイルド一族も人間である


第3に、ネイサンがたった1日の債券取引で莫大な利益を稼いだという点である。たしかにネイサンは英国債の売買で多額の儲けを出し、金価格下落の損失を埋め合わせた。しかしそれはわずか1日で成し遂げられたものではない。

ファーガソンによれば、1815年7月20日、ロンドンの「クーリエ」紙夕刊は、ネイサンが多額のイギリス国債を購入したと報じた。ネイサンは、イギリスのワーテルローにおける勝利と、それに伴う政府借入金の減少によって、イギリス国債の価格が高騰することに賭けた。ネイサンはさらに国債を購入し、コンソル公債(永久公債)が読んだとおりに値上がりすると、さらに買い続けた。

兄弟たちはその国債を売り抜けて儲けるよう口説いたが、ネイサンはさらに1年間、辛抱強く保有した。そして1817年の末、債券市場が40%あまり値上がりした時点で手放した。経済成長やインフレによる英ポンドの購買力の変遷を考慮に入れると、彼が手にした利益は、現代の価値に換算して6億ポンドに相当するという。

ネイサン・ロスチャイルドは、独り占めした情報によるインサイダー取引まがいの短期売買で儲けたのではない。終戦が英国の財政と経済に及ぼす影響を分析し、その読みに基づく長期の投資で利益を得たのである。

もちろん読みが的中する保証はなく、外れれば逆に大きな損失を被った可能性もある。周囲の意見に逆らって英国債を辛抱強く保有し続けていたとき、ネイサンの胸中は決して穏やかでなかったはずだ。



疑似科学や陰謀論を批判するライターのブライアン・ダニングはウェブサイト「スケプトイド」で、ロスチャイルドがワーテルローの戦いにおいて英国債の売りで他の投資家を騙し大儲けしたという歴史的記録は、1940年の反ユダヤ的ドイツ映画『ロスチャイルド家』まで存在しないと述べる。ファーガソンも、ナチスの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスが公開を承認したこの映画によって、ロスチャイルド伝説に尾ひれがついたと言う。

多くの陰謀論者は、ロスチャイルド一族がまるですべてを見通す悪魔であるかのように描く。しかしロスチャイルド一族も人間である以上、将来を完全に予測し、抜かりなく立ち回ることなど不可能である。未来の不確実性からは誰も逃れることができないという事実を、お粗末な陰謀論者は忘れている。

Business Journal 2017.11.04)*筈井利人名義で執筆

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