2020-06-18

タックス・ヘイヴン批判は間違っている…庶民に多大な恩恵、なくなれば生活が苦しくなる

世界のタックスヘイブン(租税回避地)の実態を明らかにした「パナマ文書」をきっかけに、課税逃れやタックス・ヘイヴンへの批判が国内外で高まっている。「税逃れはけしからん」という感情はわかる。しかし冷静に考えて、タックス・ヘイヴンの利用を許さず企業や株主への課税を強めることは、一般市民や日本経済にとって賢明だろうか。

今月相次いで開催された先進7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)は、タックス・ヘイヴンを利用した課税逃れに結束して監視を強化することで一致した。


憲法や安全保障など他の問題では対立する大手新聞も、この件に関しては一斉に税逃れを非難。インターネット上の世論も大半が同意見で、ツイッターや匿名掲示板は「タックス・ヘイヴン企業に対して逃れた分を追徴収しろ!」「タックス・ヘイヴンなければ教育の完全無償化が可能」などと憤慨する声であふれた。まさにタックスヘイブン憎し、税逃れ許すなの大合唱だ。

しかし、こんなときこそ頭を冷やして考えてみたい。タックス・ヘイヴン叩きは、一般市民にとって本当に望ましい結果をもたらすだろうか。

パナマ文書の報道で、かなりの人はタックス・ヘイヴンに対し、一部の欲深い人間が利用する怪しい場所というイメージを抱いたことだろう。しかし、そんなことはない。むしろビジネスの世界では欠かせない存在といってもいい。

そもそも租税回避は、違法な行為ではない。合法である。それを踏まえ、たとえば金融の世界では、投資ファンドの組成などに広く使われている。投資ファンドといっても、超富裕層を顧客とするヘッジファンドなどだけではない。ごく一般的な投資信託も、ケイマン諸島や英領バミューダといったタックスヘイブンを登録地として多く利用する。投信の販売資料で目にしたことのある人も多いはずだ。

事業会社でも、タックス・ヘイヴンに海外子会社やその統括会社を設立するなど、広く活用されている。大企業に限らず、中小企業も海外事業を営む機会が増えるにつれ、タックスヘイブンの利用は珍しくなくなっている。


一般市民は利益を享受


たしかに多くの場合、これら企業や金融機関がタックスヘイブンを利用する目的を一言でいえば節税である。だが、それによって一般市民が迷惑を被るわけではない。むしろ利益を享受している。

投資信託などの金融商品は税コストが下がった分、運用成績が良くなり、分配金の増額が期待できるだろう。事業会社は税コストが下がった分、製品の値下げや品質改善、新商品開発で消費者の利便を高めるだろう。別に博愛精神からではなく、そうしなければ競争に勝てないからやるのだ。

よくなされる批判は、「タックスヘイブンのせいで政府が税金を取りはぐれた分、社会福祉の予算が減り、社会的弱者を苦しめる」というものだ。しかし、タックスヘイブンに限らず、企業への課税を強化すれば、その分製品の値段は下がらず、品質も向上しなくなる。だから弱者を助けることにならない。

福祉予算の拡大への誤解


もう少し説明しよう。福祉予算の拡大を求める人の多くは、弱者にお金を多く渡しさえすれば、それで生活水準が上がると思い込んでいる。しかし、それは経済に対する無知に基づく誤解だ。生活水準を高めるうえでポイントになるのは、お金をどれだけたくさん持っているかではない。持っているお金でどれだけ多くの製品やサービスを買えるかだ。

多くの製品やサービスが買えるためには、まず多くの製品やサービスが生産されなければならない。もし企業や株主が多くの税金を取られれば、その分、設備や人材の投資に回すお金が減り、生産力は落ちる。すると製品やサービスの生産量が減り、その分物価が上がる。弱者はお金を多くもらっても、かかる生活費も増えるから、結局生活は楽にならない。

それだけでは済まない。政府のお金の使い方が民間に比べどれだけ非効率か、思い出してほしい。企業や株主から税金をよけいに取って政府に渡せば、無駄遣いされるお金が多くなり、むしろ弱者の生活を苦しくするだけだろう。

「企業は法人税を下げてもらったうえに、タックスヘイブンで税を逃れるとはけしからん」という非難も、同じ理由で間違っている。法人税の引き下げは、一般市民にとってマイナスではない。むしろプラスだ。企業の手元に残るお金が増えて生産力が高まり、消費者は安くて質の高い製品・サービスが手に入る。

もちろん、政府とつるんで競争を妨げる規制をつくらせ、労せずして利益をむさぼるような企業は、消費者を裏切っているわけだから、厳しく批判されなければならない。しかし、それは規制に守られていることが悪いのであって、税金を多く払っていないことが悪いのではない。すぐれた製品・サービスを供給する能力のある企業なら、政府に税金を払うより、自分で使うほうが社会を豊かにできる。

「タックスヘイブンによる課税逃れがなければ、消費税増税はいらない」という批判もある。この批判は半分正しい。前回の連載で述べた通り、消費増税などもってのほかだと筆者も考える。

しかし、だからといって、その分の財源をタックスヘイブン潰しでまかなおうとするのは間違いだ。上述のように企業に対する増税も、市民の生活には結局マイナスだからである。

どのような種類の税金であっても、経済の発展を妨げ、社会を貧しくすることに変わりはない。タックスヘイブンなど庶民には無関係だと思い込んで課税強化を叫ぶのは、自分で自分の首を絞めるようなものだし、日本経済そのものの衰退にもつながりかねない。必要なのは政府の無駄な支出を削り、取られる税金の額を全体として減らすことである。

Business Journal 2016.05.28)*筈井利人名義で執筆

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