2020-06-11

マイナス金利の次は現金廃止?個人預金が実質マイナス金利になる可能性も?

日銀が突然導入を決めたマイナス金利政策が、2月16日から実際に始まった。金利水準を全般に引き下げることで物価を押し上げ、デフレ脱却をめざす。しかし日銀に限らず、マイナス金利の効果を上げたい中央銀行にとって、おそらく目障りでたまらないものがある。それは現金である。

今回日銀が導入したマイナス金利政策は、銀行などが日銀に預ける当座預金を3つに分け、それぞれプラス金利、ゼロ金利、マイナス金利を適用する。マイナス金利の幅はとりあえず0.1%だが、これを拡大させていく可能性について日銀は「否定しない」(黒田東彦総裁)としている。



マイナス金利の効果について、日銀は「イールドカーブ(利回り曲線)の起点を引き下げ、大規模な長期国債買入れとあわせて、金利全般により強い下押し圧力を加えていく」(1月29日発表資料)とだけ述べ、具体的にどのような経路で金利全般の低下につながるかまでは説明していない。だが、いずれにせよ間違いないのは、個人を中心とする現金の使用が、マイナス金利の効果を削ぐことである。

現在、銀行の預金金利はマイナスにはなっていない。日本に先駆けてマイナス金利を導入したスウェーデンやデンマークでも、個人の預金金利はマイナスにはなっていない。企業向け預金に比べ、個人向けは政治的影響が大きいことなどが背景にあるとみられる。

しかし今後、貸出金利や国債利回りの低下で銀行の収益が圧迫されるかもしれない。そうなると苦しくなった銀行は、資金の調達コストを下げるため、個人預金の金利をマイナスにはしないまでも、口座手数料などの名目で事実上のマイナス金利を適用する可能性がある。


現金は政策の障害


そうなった場合、かりに世の中に現金というものがなければ、預金者には2つの選択肢しかない。1つめは預金をそのまま預けて、マイナス金利で目減りしていくのをじっと我慢する。2つめは預金の一部または全部を取り崩して、物やサービスの消費、株式・不動産などへの投資に充てるかである(現金が存在しない前提なので、すべてクレジットカードやデビットカードなどで支払う)。

マイナス金利が拡大するにつれ、預金の目減りに耐えきれず、2つめの選択肢を選ぶ人が増えるだろう。そうなれば、景気を刺激し、物やサービスの値段を上げたい日銀の狙いどおりになる。

しかし現実には、現金は存在する。すると預金者には第三の選択肢が生まれる。預金を下ろして現金に換え、手元に置く。いわゆるタンス預金である。これなら火災や盗難などのリスクはあるものの、銀行にマイナス金利を支払わなくて済む。

日銀からみれば愉快でないだろう。せっかくマイナス金利という大胆な手を打ったにもかかわらず、お金が消費にも投資にも向かわず、個人の自宅で眠るだけになるのだから。マイナス金利の効果が削がれたことになる。だが現金が存在し、個人にタンス預金が可能な限り、それを止めることはできない。

日銀に限らず、金融緩和でデフレ脱却に躍起な各国政府・中央銀行にとっても、現金は政策の障害になりうる。

また、タンス預金の増加には別の問題もある。預金を払い戻して現金に換える動きが加速すると、銀行は現金の手当てが間に合わず、最悪の場合、資金繰りに窮する恐れもある。

現金廃止


そこでマイナス金利の「次の一手」として浮上するのが、現金廃止の可能性である。

現金廃止というと現実離れした話のように聞こえるかもしれないが、著名な経済学者の間ではすでに大まじめに議論されている。米国の経済学者でハーバード大学教授のケネス・ロゴフは、中央銀行の金融政策を実行しやすくし、脱税・犯罪の抑止にも役立つとして、現金廃止を主張している。同じくハーバード大学教授のグレゴリー・マンキューは、中央銀行が定期的に抽選を行い、通し番号の末尾に0から9のどれかが記されたお札を無効にするという提案をしている。

現金の廃止は、技術的には難しいことではない。北欧では現金を使わないキャッシュレス取引が日常生活でも急速に広がっている。スウェーデンのストックホルムでは、街中で雑誌を販売しているホームレスでさえ、モバイルカードリーダーを使った電子決済で代金を受け取る。

確かに現金はかさばるし、経理処理も面倒である。だから個人や商店が自分の考えでキャッシュレスを選ぶのは自由に任せるべきだ。しかし政府が現金を廃止し、使用禁止を強制するとなると、話は別である。

現金廃止の問題点


現金廃止は普通の個人にとって、大きく2つの問題点がある。

第一に、タンス預金の自由が奪われる。タンス預金は政府・中央銀行からみれば犯罪の温床や金融政策の障害でしかないかもしれないが、個人にとっては資産を守る貴重な手段のひとつである。銀行預金がマイナス金利で目減りしたり、金融システム不安で銀行破綻の恐れがあったりする場合には、現金を手元に置くのは合理的な資産保全の手段となりうる。現金廃止はその手段を奪ってしまう。

第二に、プライバシー侵害の恐れが強まる。現金がなくなると、あらゆる売買は銀行預金や電子通貨によって行われることになるが、これらはすべて記録が残り、政府はさまざまな口実でその記録を閲覧することが可能である。記録が外部に漏洩するリスクもある。

日本では欧州に比べ現金の使用が多く、現金廃止はマイナス金利以上に政治的影響が大きいと予想されるため、政府もそう簡単には実行に踏み切れないだろう。

しかし、外堀を埋めるとみられる動きはすでにある。アベノミクスの「第三の矢」である成長戦略ではキャッシュレス化を重要な施策と位置づけ、金融庁が議論を重ねているし、観光立国を大義名分として経済産業省や総務省が決済インフラの整備を進めてもいる。

個人の資産防衛を困難にし、プライバシー侵害にもつながりかねない現金廃止。キャッシュレスの便利さにつられて安易に賛同しないよう、気をつけたい。

Business Journal 2016.02.20)*筈井利人名義で執筆

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