2018-10-30

脱デフレ政策の疑似科学

相関関係と因果関係が別物だというのは統計学のイロハです。AとBという現象が同時に起こった(相関関係)からといって、AがBの原因(因果関係)だとは限りません。ところが過去5年近く、政府・日銀は両者を混同し、脱デフレ政策の根拠としてきました。

たとえば、内閣官房参与としてアベノミクスを支える浜田宏一エール大名誉教授は「世界経済の奇跡といわれる日本の高度成長は、緩やかなインフレとともに達成された」(『アメリカは日本経済の復活を知っている』)として、白川方明前日銀総裁時代の末期に始まった物価目標政策を支持してきました。

しかし、ある時期に物価上昇と経済成長という2つの現象が同時に起こった(相関関係)からといって、物価上昇が経済成長の原因(因果関係)だとはいえません。それはたとえば、米国で資本主義が急速に発展した1870〜80年代、物価がほぼ一貫して下落した(デフレだった)ことからも明らかです。

昔から、科学を表面的にしか理解しない人々は相関関係と因果関係を混同し、的外れな主張をしていたようです。鋭い批評家でもあった英作家チェスタトンは、名探偵ブラウン神父を主人公とする短編推理小説シリーズの中で、そうした疑似科学の思考を批判しています。「機械のあやまち」という作品です(『ブラウン神父の知恵』所収、中村保男訳)。

ネタバレになるので詳しくは書きませんが、導入部にこんな場面があります。心臓の反応を利用した新しい精神測定法が米国で評判になっていると聞かされたブラウン神父は、あきれてこう叫びます。「それじゃまるで、女の人が顔を赤くしたからおれはその人に愛されているんだと考える男とちっともかわらないセンチメンタリストだ」

女性が男性を見て顔を赤くした(相関関係)からといって、それが恋愛感情によるもの(因果関係)だとは限りません。男性のズボンのファスナーが開いていたからかもしれません。

ブラウン神父は、科学を自称する測定法についてこんな含蓄ある言葉も発します。「なにかをぴたりと指しているステッキには一つ不便な点がある。ステッキの反対の端が正反対の方向を指すということだ」

脱デフレを唱える人々は、インフレだから経済成長できたといいます。けれども実際は、インフレにもかかわず経済成長できたのかもしれません。だとすればステッキの意味を正反対に解釈したことになります。

2018年4月に任期が切れる黒田東彦日銀総裁の後任は、黒田氏続投が本命視されるそうです。疑似科学に基づく金融政策がさらに続くのでしょうか。(2017/10/30

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