2018-09-05

ねたみの時代

「出る杭は打たれる」ということわざは、才能・手腕に抜きん出た人がとかく憎まれる日本独特の社会のありようを示すといわれますが、外国でもさほど変わりはありません。

米国のマイケル・ミルケン氏は1980年代に高利回り社債市場の先駆けとなり、「ジャンク債の帝王」として名を馳せました。ジャンクは「くず」という意味。利回りは高いけれども発行企業が無名などで信用度の低い社債をさげすんで呼んだ言葉です。

それまで社債の発行は超優良の大企業に限られ、それ以外の企業は事実上資本市場から締め出されていました。ミルケン氏は、高利回り債はリスクを差し引いても高い収益を稼ぐことに目をつけます。

1977年、ミルケン氏が働く投資銀行ドレクセル・バーナム・ランバートは7社の新発高利回り社債を引き受け、「ジャンク債革命」が始まります。

新たな資金調達手段でとくに恩恵を受けたのは、新興企業です。携帯電話のマッコーセルラー、ケーブルテレビ向け放送局のターナー・ブロードキャスティング、ケーブルテレビネットワークのバイアコム・インターナショナルなどが相次いでジャンク債で多額の資金を集め、成長の糧にしました(アレン他『金融は人類に何をもたらしたか』、東洋経済新報社)。

ジャンク債は、敵対的な企業買収の資金調達にも使われました。敵対的買収と聞くとまゆをしかめる人が少なくありませんが、社内政治だけがとりえで能力のない経営者をやめさせ、株主の利益を高めるうえで、有効な手段です。

こうして金融市場に劇的な変化を起こしたミルケン氏は、財界エリートの反発を買います。企業が融資に頼らなくなると銀行は商売あがったりですし、敵対的買収は経営者の地位を脅かすからです。マスコミは巨額の報酬を稼ぐミルケン氏を強欲だと叩きました。

出る杭が打たれるときがやってきました。1989年、ミルケン氏は詐欺など98の罪で起訴されます。結局、有罪となったのはわずか6つで、それまで投獄の対象になったことのない、ささいな罪ばかりでした。それにもかかわらず、ミルケン氏は禁錮10年の判決(2年に減刑)を受け、1年10月の刑に服します。

ミルケン氏は証券界を永久追放され、近年は慈善活動のほか、自身の名を冠した「ミルケン研究所」の運営に注力しています。同研究所が主催する国際経済会議「ミルケン・グローバル・コンファレンス」は盛況で、今年5月には麻生太郎副総理・財務相も参加しました。それでも汚名が完全に晴れたとはいえません。

ところが先日、米モルガン・スタンレーのマネージングディレクターだったデ-ビッド・バーンセン氏が、ミルケン氏の恩赦をトランプ米大統領に求めました。

ブルームバーグの報道によれば、バーンセン氏は大統領宛ての書簡で、ミルケン氏に対する起訴は「集団的なねたみが手に負えなくなった時代」の結果だと主張。恩赦すれば「ニュースの見出しを飾ることを意識し、企業社会で働く人間にダメージを与える起訴」に歯止めをかけることを示唆すると訴えたそうです。

恩赦が実現するかは疑問です。しかしこの話題が名誉回復のきっかけになれば、現在71歳のミルケン氏に多少の慰めになるかもしれません。

既得権益に挑戦する風雲児に対する政府や大企業、マスコミの敵視は、とくにこの十数年、日本でも強まったと感じます。ねたみが支配する時代に、経済・社会の発展は望めません。(2017/09/05

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