やや旧い話だが、今年「STAP細胞」にまつわる論文捏造が発覚した折、政治評論家の森田実はこんな見方を開陳した。「米国発の市場原理主義がはびこり、競争が熾烈になったせいで、皆が皆、保身に必死なのです」(4月19日付日刊ゲンダイ電子版)
しかし論文捏造の原因は市場原理主義ではなく、それとは正反対の官僚主義の害毒である。杉晴夫『論文捏造はなぜ起きたのか?』(光文社新書)を読むと、それがよくわかる。
STAP細胞論文のデータ改竄が明らかになり、筆頭著者の小保方晴子理化学研究所(理研)研究員が一転非難を浴びたが、同研究員の研究不正を糾弾した理研の調査委員長も、過去に発表した論文のデータ改竄が判明した。
また日本分子生物学会理事長が会員に対し「実験結果の改変を行なってはならない」という趣旨の声明をわざわざ出したが、これは「現在流行の遺伝子研究に従事している同学会会員の多くが、程度の差はあっても、研究結果の改変を日常的に行なっているということを推認させるに十分であった」と生理学者の杉はいう。
研究者はなぜデータを捏造するのか。その原因は科学行政と研究費交付システムにある、と杉は指摘する。
平成15年、国立大学や理研の独立行政法人化が決まった。これに先立ち文部科学省が示した方針の一つとして、「民間的発想による経営手法の導入」が強調された。
しかしこれは見せかけにすぎない。政府は民間企業と違い、商品・サービスを利用者に強制的に押しつけるだけだから、どのような商品・サービスがどの程度必要とされているか、知ることができない。そのため政府が大学などに支給する研究費は、遺伝子研究など流行の研究分野に極端に偏ることとなった。
この結果、使い切れない研究費を着服する事件も起こったが、より深刻なことに、研究者が期限内に目立った業績をあげる必要上、データ改竄・捏造の誘惑に駆られた。それが一気に露呈したのが今回の捏造騒動だったのである。
理研は大正年間、実業家の高峰譲吉が民間研究所として設立した。自由な発想で研究を発展させるには、官立では駄目だと高峰は知っていた。しかし戦後は政府に所管され、役人の天下り先となり果てた。官僚の似非市場主義の不始末で名誉ある歴史に泥を塗られたうえ、本物の市場主義まで貶められては、地下の高峰は浮かばれまい。
(2014年11月、「時事評論石川」に「騎士」名義で寄稿)
>>騎士コラム
このコメントは投稿者によって削除されました。
返信削除税金で研究して成果が出る時代は、40年前までのIBMメインフレームコンピューターの模倣機の時代までだったのでしょう。30年前日本政府は人工知能の研究(第五世代コンピューター)をしましたが、事業になる成果ありませんでした。当時の自分は、税金を使う研究は正しいと思い込んでしまっていて、自由主義や市場主義のことなど何も理解できていなかったのです。
返信削除本来、研究とは判らないことを扱うから研究と言えます。やってみなければどうなるか分からない物が本物の研究です。
ところが税金を使うとなると、官僚から詳細な計画が欲しいと言われます。そして、その計画通りに実施することを官僚に要求されます。あらかじめ研究の結果を初期計画に書かされてしまいます。ですから、すでに研究済の無難な成果を用いて嘘の計画を立てることになります。
そして、ひたすら計画日程通りに予算の消化を行うことになります。毎日、研究には必要ではない資料を山のように書かされ提出します。1億円の予算には、厚さ1メートル以上の資料提出が必要という笑い話もあります。
市場ニーズにマッチした物を研究する必要はありませんし、技術で世界一になる必要もありません。官僚は、予算を計画通りに消化した実績が欲しいだけです。
今や、世界トップの民間企業の先端技術の開発予算は、日本政府が用意できる予算の十倍以上あると思います。彼らの研究開発担当の社員数も日本の十倍以上ですから、日本政府にもともと勝ち目はありません。
世界の企業が安全快適な日本に来てもらえるようにする、税金を公平に安くすることが近道かなと思います。
ご経験に基づく興味深いコメントありがとうございます。
返信削除なるほど、やはりそういうものですか。