2016-09-22

小川さやか『「その日暮らし」の人類学』



「その日暮らし」の人類学~もう一つの資本主義経済~ (光文社新書)

新自由主義は弱者を救う

言論人の多くは、「新自由主義」は弱肉強食の論理だと非難する。それは間違っている。新自由主義が国家による市場の統制を排除することだとすれば、むしろ経済的弱者を助け、貧困を減らす。本書は具体例でそれを明らかにする。

人類学者の主流派は、新自由主義は大企業やグローバル企業にだけ利益を与え、勝ち組と負け組の境をますます強めると批判する。しかし著者が紹介する香港中文大学のゴードン・マシューズは、新自由主義の肯定的な側面を強調する。

零細交易人のほか、亡命者、出稼ぎ労働者、セックスワーカーといったはみ出し者たちが世界から集まる香港。その主流のイデオロギーは新自由主義だという。非常に緩やかな入国規制をはじめ、自由と寛容が同地の特徴である。 

香港に集まる、文化・人種・民族・宗教の異なる人々はあまり争わないという。カネを稼ぐことが共通した第一目的で、文化や慣習の違いに大きな関心がもたれないからだ。「商業は偏見を癒す」というモンテスキューの言葉を思い出す。 

著者は、コピー商品や模造品の擁護論も紹介する。模造品はブランド企業の知的財産権を脅かすかもしれないが、貧困層の物質的な豊かさを部分的にではあれ実現している。法的には違法でも、道義的・社会的には合法とみなしうるという。知的財産権に関するこの議論を補強する本に、ボルドリンとレヴァインの共著『〈反〉知的独占』がある。知的財産権は政府が一部の人や企業に与える特権であり、人類の進歩を阻害すると論じている。 

反資本主義的な主流派の議論に異を唱えた勇気と誠実さを高く評価したい。ただし著者自身、主流派の発想を抜け切れていない部分がある。また本書の帯や内容紹介には、一番の目玉であるはずの新自由主義の肯定という言葉がない。むしろ「資本主義とは異なる価値観」(内容紹介)などと本の中身と矛盾することが書かれている。

新自由主義や資本主義を擁護すると売れないからかもしれないが、著者が一番言いたいことを隠すのはよくない。

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