2016-01-23

ウエルタ・デ・ソト『通貨・銀行信用・経済循環』



銀行が破綻する本当の理由


銀行やその他の金融機関に対して、預金者が払い戻しのために一時にどっと押し寄せることを「取り付け」という。最近ではギリシャで経済危機が深刻になった昨年夏、同国の銀行で発生したのが記憶に新しい。

日本でもバブル崩壊後の1995年、コスモ信用組合と木津信用組合に預金者が押し寄せ、両社は最後は破綻に追い込まれた。戦前の昭和金融恐慌のように、取り付けが多数の銀行に広がり、連鎖的な破綻につながる場合もある。

銀行は預金という形で資金を集め、預金者が一斉に払い戻しを求めないことを前提に、大半を貸し出しなどに回して利益を上げている。だから急激な払い戻しの要求が現実に起こると、貸し出しはすぐには回収できないため、対応できずに破綻してしまう。

こうした破綻のリスクは、銀行経営そのものにつきまとう必然だと一般には信じられている。だから資本主義は本質からして不安定である、と主張されることもある。

そうした通念を根底から覆すのが、本書である。

本書では、一般の人はもちろん、おそらく金融関係者でもあまり知らない意外な事実が述べられる。銀行業の歴史をさかのぼると、預金を貸し出しに回すことは、かつて違法行為として禁じられていたのである。

なぜか。そもそも預金とは文字どおり、お金を預かるビジネスである。たとえば倉庫で絵画や宝石、金貨の入った箱などを預かる寄託契約と本来変わらない。ただしお金の場合は、宝石など代わりのきかない特定物ではなく、石油や天然ガス、小麦などと同じ代替可能物だが、いずれにせよ本質は、いつでも返せるように物を預かる仕事である。

したがって、銀行は預かったお金を自分の利益のために勝手に使ってはならない。中世ローマ法では、預金を預かり、その寄託目的以外のために利用した者は、窃盗罪とされた。その代わり、銀行は預金者に利息を払うのではなく、逆に保管手数料を取った。

一方、ローン(貸し出し)はまったく異なる業務とみなされた。客はお金をいつでも引き出せるように預けるのではなく、期限を定めて銀行に貸すのである。だから銀行は利息を払う。預金と貸し出しは、性質の異なるビジネスとして区別するよう求められた。

とはいえ銀行家も人間であり、人間は弱いものだから、預金を貸し出しに回して不当な利益を稼ぎ、その挙句に破綻する銀行も昔から少なくなかった。そうした中で、ルールを厳格に守る銀行は、堅実な財務を築き、高い信頼を勝ち得た。17世紀初めに創設されたオランダのアムステルダム銀行は、その代表例とされる。

だが、しだいにルールの無視が常態となっていく。いつ返せといわれるかわからないお金を貸し出しに回せば、破綻のリスクが生じるが、不当に儲けたい銀行家はうまい手を考えた。政府の保護を得るのである。銀行は戦争などで出費のかさむ政府にお金を融通する。その代わり、政府は銀行が危機に陥ったとき、中央銀行を通じて十分な流動性を与える。

この銀行と政府との共生関係は、形を変えながら現在まで続いている。つまり銀行などの金融機関は、いざとなれば政府に助けてもらえるという期待(実際、少なくともある程度まで助けてもらえる場合が多い)をあてにして、手元に置くべきお金を貸し出しに回している。だから取り付けにあうと、たちまち破綻してしまうのである。

銀行が本来なら貸し出せないはずのお金を貸し出すと、それが再び預金として預けられ、貸し出される過程を繰り返すことによって、預金の量がどんどん増える。いわゆる信用創造である。これは経済にバブルをもたらし、経営資源を浪費させ、失業や貧困を招く。

こうした弊害をなくすため、法学にも詳しいスペインの経済学者、著者ウエルタ・デ・ソトは、預金業務を伝統的な姿に戻すよう提案する。払い戻しに備えて預金の全額を手元にとどめる「100%準備」の義務づけである。

これには当然、現在の流儀に慣れ親しんだ銀行から、強い反対が予想される。たとえば、貸し出しができないから、収入を得る道がなくなるという批判である。

しかし、100%準備で貸し出しが認められないのは、いつ返せといわれるかわからない不定期預金(普通預金)だけである。払い戻しまで期間のある定期預金なら貸し出しに使える。一方、不定期預金では預金者から保管料を受け取ることができる。現在のように多額の利益と損失の繰り返しでなく、手堅く持続可能なビジネスが期待できるだろう。

なお同じく100%準備の義務づけを唱えた最近の日本語の本として、ビル・トッテン『アングロサクソン資本主義の正体――「100%マネー」で日本経済は復活する』(東洋経済新報社、2010年)がある。

もろく崩れやすい銀行経営は、健全な市場競争の産物ではない。政府の保護で可能になった不健全なビジネスモデルがもたらしたものである。根本から改めなければ、金融と経済の安定はいつまでも訪れないだろう。

アマゾンレビューにも投稿。

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