2015年2月28日土曜日

本業は党利党略

政党はしのぎを削る競争で役職を確保し、地位を維持するうちに、党利だけを気にかけるようになる。私的な目先の利益が国民全体の末永い善と調和するかどうか、考えられなくなる。
- ギュスターヴ・ド・モリナーリ(ジャーナリスト。1904年)
政党の行動に対し、他の政党が「党利党略」と非難することがよくある。国民のことを考えず、党の私的な利益しか頭にないという意味である。なんとも白々しい。非難しているその政党も、たいていの場合、党利党略で動いているにすぎないからである。

ベルギーに生まれ、パリで活躍したジャーナリストのモリナーリは、あからさまにこう述べる。「政党とは、権力を追求するよう訓練された事実上の軍隊である」。政党のさし迫った課題は、支持者の数を増やし、選挙で多数を握ることである。政党は有力な有権者に対し、選挙に勝たせてくれれば党の利益の分け前を差し上げますと約束する。具体的には地位や特権である。

しかし多くの有力者にその約束を守るには、地位や特権を増やさなければならない。そのためには福祉であれ軍事であれ、政府の事業を増やさなければならない。そのために税が引き上げられ、国民が疲弊しようと、気にかけていられない。政府の事業を増やし党利を稼ぐという目先の目的で手いっぱいだからである。こうなると、もはや党利そのものが本業と化している。

政治家はもともと理想に燃えた志の高い人たちなのかもしれない。しかし彼らの大半は政府の権限を増やすことでしか、力を強め保つことができない。だから理想や志と裏腹に、党利党略を本業とせざるをえない。それによって政府と親しい一部の有権者が潤い、他の一般国民にツケが回される。(木村)
The unceasing competition under which they labour, first in their efforts to secure office, and next to maintain their position, compels them to make party interest their sole care, and they are in no position to consider whether this personal and immediate interest is in harmony with the general and permanent good of the nation.
- Gustave de Molinari

2015年2月27日金曜日

教育は貧困をなくさない

教育を受ければ成功できるだろうか。そういう人もいるだろう。しかしすべての人々の経済的なチャンスを最大にしたければ、答えは経済の自由しかない。
- ジョン・タムニー(米ジャーナリスト、2015年)
「所得格差が拡大する原因の一つは教育である。裕福な家庭の子供は高い教育費を払ってもらえるから所得の高い仕事に就けるけれども、貧しい家庭の子供はそれができない。だから政府は、裕福な家庭により高い税を課し、貧しい子供にも平等に学校教育を受けさせなければならない」。進歩派知識人はこう主張する。しかし果たして、学校教育はほんとうに経済的なチャンスを広げてくれるのか。

タムニーはロックスターのビートルズを例に挙げ、それを否定する。四人のメンバーは中産階級出身のジョン・レノン以外、貧しい生まれだった。そのレノンも学校では、歴史だの数学だのフランス語だのといった勉強にはまったく興味を示さなかった。

学校教育は、試験に合格したり学位を取ったりする能力が必要な職業に就きたい者には役に立つ。問題は、誰もがそうした道を選ぶわけではないことだ、とタムニ―は言う。

もちろん誰もがビートルズのように大成功し、裕福になれるとは言えない。しかし学校教育を受けさせればそうしない場合より豊かになれるという思い込みは、それ以上に間違っている。もし進歩派知識人がほんとうに貧困をなくしたいと願うのならば、人々に学校教育を強制するのではなく、経済の自由を守り、広げる努力をしなければならない。(木村)
Education as the path to achievement? Maybe for some. But to maximize the economic chances of everyone, the only answer is economic freedom.
- John Tamny
source:forbes.com

2015年2月26日木曜日

「正義の戦争」の欺瞞

ウィリアム・グラハム・サムナー(米社会学者)
--帝国主義について。(1898年)
拡張主義と帝国主義は、スペインの今ある〔衰退の〕姿を招いた、国の繁栄にまつわる古びた哲学にすぎない。これらの哲学は、国民の虚栄と物欲に訴える。とくに初めうわべだけ見ると、魅惑的である。だから人気を集める強い効果があることは否定できない。 人を惑わせ、冷静に抵抗しないと堕落させられる。
# 1898年4月25日、スペインの圧政からキューバを救うという名目で米国はスペインに宣戦布告した。米西戦争である。戦争は米国の圧倒的な勝利のうちにわずか三カ月で終わる。これを国務長官ジョン・ヘイは「輝かしき小戦争」と呼んだ。だが輝かしいと思った者ばかりではない。同年6月15日、フィリピンとプエルトリコの併合阻止をめざし、アメリカ反帝国主義連盟が結成される。連盟には鉄鋼王アンドリュー・カーネギー、作家マーク・トウェインなど著名人が名を連ね、その一人にエール大学教授の社会学者サムナーがいた。サムナーは講演で、米国は戦争でスペインに勝ったかもしれないが、その代わり、スペインの思想に制圧されたと論じた。その思想とは、暴力で他国を植民地とする帝国主義である。しかしサムナーら反帝国主義連盟の訴えは、勝利の喜びに沸き返る国民の耳には届かなかった。この後、米軍はフィリピンの独立運動を武力で鎮圧し、多数の市民を殺す。圧政を倒すという「正義の戦争」の欺瞞があらわになったのである。(木村)
Expansionism and imperialism are nothing but the old philosophies of national prosperity which have brought Spain to where she now is. Those philosophies appeal to national vanity and national cupidity. They are seductive, especially upon the first view and the most superficial judgment, and therefore it cannot be denied that they are very strong for popular effect. They are delusions, and they will lead us to ruin unless we are hard-headed enough to resist them.
- William Graham Sumner
出所:oll.libertyfund.org

参考記事:民主主義をあがめるな(サムナー) - ラディカルな経済学
参考図書:『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』第一巻

憲法は野獣の鎖

デヴィッド・ヒューム(英哲学者)
--人間の本性と政治について。(1777年)
政治研究者が見いだした根本原理によれば、いかなる統治制度であれ、それを考案し、憲法による制御の仕組みを確立するには、あらゆる人間は悪党で、行動の目的はすべて私欲以外にないとみなさなければならない。国民は私欲によって支配者を抑え、彼らの飽くなき貪欲と野心にもかかわらず、その私欲を利用して支配者を公益に従わせなければならない。さもなければ、どんな憲法も役に立たない。結局、支配者の好意がないかぎり、自由と財産を守れなくなる。それはつまり、守れる保証は何もないということである。
# 国家権力の濫用を防ぐため、憲法で権力の行使を制限する。この考えを立憲主義といい、近代憲法の根本原理である。言い換えれば、憲法の役目は権力を縛ることである。だから権力者が憲法を嫌うのは当然といえる。たとえば安倍晋三首相は2014年2月3日の衆院予算委員会で憲法についてこう述べた。「国家権力を縛るものだという考え方はありますが、しかし、それはかつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方であって、今まさに憲法というのは、日本という国の形、そして理想と未来を語るものではないか」。これは誤っている。民主主義国家であっても権力は濫用される恐れがあるし、事実されている。だから国家権力という野獣を縛る鎖としての憲法の役割は、変わらず重要である。(木村)
Political writers have established it as a maxim, that, in contriving any system of government, and fixing the several checks and controuls of the constitution, every man ought to be supposed a knave, and to have no other end, in all his actions, than private interest. By this interest we must govern him, and, by means of it, make him, notwithstanding his insatiable avarice and ambition, co-operate to public good. Without this, say they, we shall in vain boast of the advantages of any constitution, and shall find, in the end, that we have no security for our liberties or possessions, except the good-will of our rulers; that is, we shall have no security at all.
- David Hume
出所:oll.libertyfund.org

参考記事:ハゲタカに氣をつけろ(J・S・ミル) - ラディカルな経済学

2015年2月24日火曜日

不換紙幣と所得格差

タイラー・ダーデン(金融ブログ「ゼロヘッジ」筆者)
--所得格差の原因について。(2015年)
「1%」の富裕層(彼らを守る「先進国」の中央銀行幹部、おべっかを使う経済学者、買収された政治家、支配された報道機関を含む)にとって、金本位制復活の話題は考えうる最大の脅威である。
# 1930年から1970年までの米国の所得変化をみると、上位1%を占める富裕層の所得が横ばいだったのに対し、残り99%の人々の所得は増加している。一方、1980年以降は対照的に上位1%の富裕層の所得だけが増え、残り99%の所得は頭打ちとなっている。原因としてグローバル競争、オートメーション化、労働組合組織率の低下などが指摘される。ダーデンはこれらに加え、推測と断ったうえで、もう一つのきわめて重要な要因を挙げる。それは1971年8月、ニクソン大統領が宣言した金とドルの交換停止、すなわち金本位制の廃止である。この意見は傾聴に値する。政府・中央銀行が金と交換しなくて済む不換紙幣をいくらでも増やせるようになった結果、一番潤うのはそのカネをまっさきに手にする特権的な金融機関や軍事産業などの関係者だからである。ピケティの主張とは異なり、不当な所得格差を政府の力で改めることはできない。なぜならそうした格差をつくりだしているのは、マネー発行を独占する政府自身だからである。これに歯止めをかけるには金本位制の復活が必要だが、それは政府との癒着で潤う特権階級やその取り巻きにとって、あらゆる手段で阻止したい悪夢だろう。(木村)

(註)タイラー・ダーデンとは複数の筆者のペンネームで、映画『ファイト・クラブ』でブラッド・ピットが演じる登場人物から取ったらしい。
Which should also clarify just why to the "1%", including their protectors in the "developed market" central banking system, their tenured economist lackeys, their purchased politicians and their captured media outlets, the topic of a return to a gold standard is the biggest threat conceivable.
- Tyler Durden
出所:zerohedge.com

参考記事:
リバタリアン通信: ピケティは公正の夢を見るか?
リバタリアン通信: 金本位制は不合理か

2015年2月23日月曜日

野蛮な保護貿易

ハーバート・スペンサー(英社会学者)
--保護貿易について。(1882年)
「外国人に依存したくない」という欲求は、軍事型社会に似つかわしい。国際紛争のせいで外国から必需品の供給が途絶えるおそれのあるかぎり、どうしても国内でこれらの必需品を作る力を確保し、その目的に必要な社会構造を維持しなければならない。だから軍事活動と保護貿易政策の間には明らかに直接のつながりがある。
# 先日のエントリーで軍事評論家、田母神俊雄氏の「これ以上自由貿易というのは我が国にとってメリットがない」という文章を経済学に無知な例として紹介した。貿易にメリットがあるかないかはそれぞれの日本人が判断することであって、田母神氏が「これ以上」は良いとか悪いとか言えることではない。ただし経済の道理を無視すれば、田母神氏の言い分にはそれなりの根拠がある。政治家や高級軍人は一般国民と違い、市場で取引をして稼ぐことを知らない。彼らの富の源泉は、課税でなければ、国際紛争である。だから互いに外国を信頼できず、貿易による外国への「依存」を恐れ、自給自足を理想とする。暴力を嫌うスペンサーは、人間の社会は時代とともに軍事型社会から産業型社会に進化すると説いたが、残念ながら今の日本や世界は、野蛮な軍事型社会と保護貿易への回帰を目指しているようである。(木村)
Whence it follows that the desire "not to be dependent on foreigners" is one appropriate to the militant type of society. So long as there is constant danger that the supplies of needful things derived from other countries will be cut off by the breaking out of hostilities, it is imperative that there shall be maintained a power of producing these supplies at home, and that to this end the required structures shall be maintained. Hence there is a manifest direct relation between militant activities and a protectionist policy.
- Herbert Spencer
出所:oll.libertyfund.org

2015年2月22日日曜日

政府は人間の集団

フレデリック・バスティア(仏エコノミスト)
――人間の性質と政府について。(1850年)
もし人間生来の性質がそれほど悪であり、人々を自由にさせておくのが安全でないのなら、どうして政府関係者の性質はつねに善だといえるのか。議員と官僚もまた人間ではないのか。自分たちは他の人間よりもきれいな土でできているとでも信じているのか。
# 「市場は万能でないから政府に任せよう」などと主張する人は、バスティアが百六十年以上も前に指摘した、この自明の理がわかっていない。政府は神でも天使でもない、人間の集団である。もし市場に携わる人々が利己的ならば、政府を構成する人々も同じく利己的である。問題はどちらの制度が利己心を善に転じることができるかである。(木村)
If the natural tendencies of mankind are so bad that it is not safe to permit people to be free, how is it that the tendencies of these organizers are always good? Do not the legislators and their appointed agents also belong to the human race? Or do they believe that they themselves are made of a finer clay than the rest of mankind?
- Frédéric Bastiat
出所:oll.libertyfund.org

参考記事:政治問題は道徳問題 - ラディカルな経済学

2015年2月21日土曜日

経済学への無知、言論の無責任

マレー・ロスバード(米経済学者・政治哲学者)
――経済学への無知について。(1970年)
経済学に無知であることは罪ではない。経済学とは結局のところ専門学科であり、たいていの人が「陰鬱な科学」とみなしている。しかし経済学に無知でありながら経済問題を声高にあげつらうのは、まったくもって無責任である。
# 無責任な言論の例を二つ挙げておく。このお二人、政治的立場は正反対だが、経済学に無知である点はまったく同じである。
・「これ以上自由貿易というのは我が国にとってメリットがない」(田母神俊雄
・「貿易では(グローバリストの好きな)Win-Win はない。片一方が黒字なら、片一方は赤字になる」(内田樹
It is no crime to be ignorant of economics, which is, after all, a specialized discipline and one that most people consider to be a "dismal science." But it is totally irresponsible to have a loud and vociferous opinion on economic subjects while remaining in this state of ignorance.
- Murray N. Rothbard
出所:lewrockwell.com

2015年2月20日金曜日

金本位制は不合理か

ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス(オーストリア出身の経済学者)
――金本位制について。(1949年)
金本位制は、資本主義の時代における世界標準であった。幸福、自由、政治的・経済的な民主主義を増進した。自由貿易の支持者からみて、金本位制の卓越した点は、それがまさしく、国際貿易と国際資金・資本市場における取引に欠かせない国際標準であるというところにあった。金本位制という交換の媒介により、西洋の産業主義と西洋の資本が地の果てまで西洋文明を運び、そこここで古くからの偏見や迷信という足かせを打ち壊した。新しい生活と新しい幸福の種をまき、精神と魂を解き放ち、未曾有の豊かさをもたらした。金本位制とともに、西洋の自由主義に空前の進歩がもたらされた。遠からず、あらゆる国がまとまって一つの共同体となり、自由な国どうし、平和のうちに協力するようになるはずだった。
# 今の世の中で金本位制の復活などを唱えれば、変人扱いされるのが関の山だろう。しかしわずか百年前までは逆だった。ミーゼスが言うように金本位制は資本主義の黄金期を支えた当時のグローバル・スタンダードであり、金と交換できない紙幣はせいぜいのところ、戦争など急場しのぎの便法としか思われていなかった。だから第一次世界大戦で一時停止された金本位制に、先進各国が曲がりなりにも復帰を急いだのは当然だった。現代の不換紙幣信者はそれを「金本位制心性」と呼び、不合理な衝動であるかのように嘲笑する。そして金本位制への執着が不況をもたらしたと言い募る。ある意味、それは正しい。金本位制とはマネーの洪水によるうわべだけの好況を防ぐ仕組みだからである。しかし今やその仕組みは失われ、裏づけのない紙切れと電子のマネーが恐るべき勢いで積み上がり、世界経済を危機の淵に追い詰めている。不合理なのは金本位制か、それとも不換紙幣か。答えは徐々に明らかになろうとしている。(木村)
The gold standard was the world standard of the age of capitalism, increasing welfare, liberty, and democracy, both political and economic. In the eyes of the free traders its main eminence was precisely the fact that it was an international standard as required by international trade and the transactions of the international money and capital market. It was the medium of exchange by means of which Western industrialism and Western capital had borne Western civilization into the remotest parts of the earth’s surface, everywhere destroying the fetters of age-old prejudices and superstitions, sowing the seeds of new life and new well-being, freeing minds and souls, and creating riches unheard of before. It accompanied the triumphal unprecedented progress of Western liberalism ready to unite all nations into a community of free nations peacefully cooperating with one another.
- Ludwig von Mises

2015年2月19日木曜日

差別を法で禁じるな

ウォルター・ブロック(Walter Block, 米経済学者)
――差別について。(1992年)
人種、性別、出身国などにもとづく差別を犯罪として禁じることに反対し、同時にそのような差別は不道徳で倫理にもとる行いだと断言しても、何の矛盾もない。
# 作家の曽野綾子さんのコラムが南アフリカでかつて行われた人種隔離政策(アパルトヘイト)を擁護したとして、波紋を呼んでいる。曽野さんは差別の意図はないと反論し、これに対しそうは読めないと批判する声もあるが、ここではコラムの内容の是非にも、そもそも差別はすべて悪なのかという議論にも立ち入らない。とりあえず気がかりなのは、こうした出来事をきっかけに、差別的な発言を法律で禁止せよという輿論が強まることである。善意によって作られた法律が人々の自由全般を抑圧する道具に転じる例は、枚挙にいとまがない。物理的な暴力を伴わない差別は、あくまでも言論で批判すべきである。(木村)
It is no contradiction to oppose the criminalization of discrimination on the basis of race, sex, national origin, etc., while at the same time declaring that such behavior is immoral and unethical.
出所:mises.org [.pdf]

参考記事:差別ですが、それが何か? - ラディカルな経済学

2015年2月18日水曜日

ピケティのおとぎ話

ロバート・マーフィー(Robert P. Murphy, 米エコノミスト)
――トマ・ピケティ『21世紀の資本』について。(2015年)
ピケティが大げさに言い立てる「事実」によれば、〔大恐慌発生時の米大統領〕ハーバート・フーヴァーは企業を清算したがり、所得税率を引き下げた。ピケティの物語では、そこへフランクリン・ローズヴェルトが登場し、増税をおこなった。問題は、これがまったく間違っていることである。減税したのは〔フーヴァーの前任の〕カルヴィン・クーリッジで、増税したのはフーヴァーだった。
# ピケティのベストセラーに対する賛辞は大きく二つに分かれる。一つは「格差を是正せよという主張がすばらしい」というもの。もう一つは「主張には必ずしも賛同できないが、じつによく調べてある」というものだ。ところがこの本には、事実の誤りや統計の不適切な取り扱いが多く指摘されている。上記のマーフィーも間違いを論文で列挙しており、紹介したのはその一つ。補足すると、バブル破裂で経営難におちいった不振企業は政府が税金で助けたりせず、すっぱり清算せよと説いたのはフーヴァーではなく、財務長官のアンドリュー・メロンである。フーヴァーはむしろメロンの清算主義を時代遅れと批判している。なおフーヴァーが自由放任主義者だったという、一般に流布した説はおとぎ話のたぐいにすぎない。技師出身で社会を自在に改造できると信じたフーヴァーは、ニューディール政策の先駆者ともいうべき介入主義者だった。(木村)
Specifically, Piketty makes a big deal of the “facts” that Herbert Hoover wanted to liquidate businesses, and that he had cut income tax rates. Then, in Piketty’s narrative, FDR came along and jacked taxes way up. The problem is that this is all false. It was Calvin Coolidge who had lowered tax rates, and Herbert Hoover who jacked them way up.

2015年2月17日火曜日

見えない残虐行為

グレン・グリーンウォルド(Glenn Greenwald, 米ジャーナリスト)
――過激派組織「イスラム国」によるヨルダン操縦士焼殺と報道について。(2015年)
「イスラム国」と違い、米国は(つねにではないが)たいてい、自国の暴力で犠牲者を出した証拠を(嬉々として公表するのでなく)もみ消そうとする。実際のところ、米軍国主義の犠牲者にまつわる話を隠蔽するのは、武力侵略を長く続けても国民の支持が失われないようにする米政府の戦略の中で、重要な部分をなす。だから通常、米メディアは方針として、そのような犠牲者を報道から組織的に排除し、無視する(犠牲者をそのような方法で見えなくしても、現実に存在しなくなるわけではないけれども)。
# 操縦士の焼殺という残虐行為は目に見える。しかし世の中には隠蔽され、目に見えない残虐行為がある。米軍はパキスタンやイエメンでの無人機攻撃で、多数の民間人を巻き添えにしている。グリーンウォルドが引用したスタンフォード大学国際人権・紛争解決クリニックの調査報告にはこうある。「無人機から発射されたミサイルが人を殺傷する方法はいくつかある。焼夷、金属片、内臓を破壊できる強力な爆風などである。死を免れた者も、醜い跡が残るやけど、金属片による負傷、四肢の切断、失明や難聴に苦しむ」。歴史をさかのぼれば、米政府はドレスデン爆撃、東京大空襲、ベトナム戦争で他国民を焼殺し、国内でもブランチ・ダビディアン事件で立て籠もった信者を出火により死に追いやった疑いがもたれている。日本政府も重慶爆撃で一万人規模の民間人犠牲者を出したとされる。過激派集団の残虐行為を憎むのであれば、規模でそれをはるかに上回る政府による残虐行為を止め、加担せず、繰り返させないようにしなければならない。(木村)
Unlike ISIS, the U.S. usually (though not always) tries to suppress (rather than gleefully publish) evidence showing the victims of its violence. Indeed, concealing stories about the victims of American militarism is a critical part of the U.S. government’s strategy for maintaining support for its sustained aggression. That is why, in general, the U.S. media has a policy of systematically excluding and ignoring such victims (although disappearing them this way does not actually render them nonexistent).
出所:firstlook.org/theintercept

参考記事:
リバタリアン通信: 米メディアの腐敗
リバタリアン通信: 「表現の自由を守れ」は本気か

2015年2月16日月曜日

ユーロの悲劇

フィリップ・バガス(Philipp Bagus, 独経済学者)
――欧州単一通貨ユーロについて。(2015年)
ユーロの設計はひどい。一つの中央銀行制度〔欧州中央銀行〕を使って、さまざまな政府が自身のために資金を手当てする。これはユーロの悲劇だ。各政府は借金の担保として国債を欧州中銀に差し入れ、間接的に財政赤字を埋め合わす。あるいは欧州中銀に国債を直接買ってもらう。
この政策の結果、財政赤字をカネに換えるコストがユーロの利用者すべてに降りかかる。利用者には外国に住む人々もいる。このためユーロ圏諸国は、財政赤字を出して負債を積み上げ、コストを他国民に押しつけたいと思うようになる。ユーロ圏諸国はそうなるのを防ごうと安定・成長協定のルールに合意したものの、もはやどの国もこのルールに縛られるとは思っていない。
# 政府とそれに癒着した金融機関・企業にとって、カネを自在に生み出してくれる中央銀行という仕組みほどありがたいものはない。しかもユーロ圏の場合、インフレが起こるリスクを他国に押しつけることができるのだから、誘惑はますます強くなる。犠牲になるのは、現金の価値を毀損される各国民である。欧州経済を立て直すには、政府・中銀が無コストで作り出せる不換紙幣の独占発行をやめ、金や銀の裏づけのある貨幣で自由競争を行い、利用者に通貨を選ばせるべきだとバガスは主張する。(木村)
The euro is badly designed. There is one central banking system that can be used by a wide variety of governments to finance themselves. This is the tragedy of the euro: governments can finance their deficits indirectly through the central bank as their debts are pledged as collateral for loans to the banking system. Or they can be directly purchased by the central bank. 
The effect of this policy is to externalize the costs of this monetization of the deficits on all users of the euro, some of them living in other countries. There is therefore an incentive in the euro countries to make deficits and accumulate debt, while externalizing costs on foreigners. They wanted to prevent this with the rules agreed upon within the Stability and Growth Pact, but no one feels bound by those anymore.
出所:mises.org

参考記事:リバタリアン通信: マネー膨張の限界点

2015年2月15日日曜日

自由と民主は両立しない

ハンス・ヘルマン・ホッペ(Hans-Hermann Hoppe, ドイツ出身の経済学者・哲学者)
――民主主義と自由について。(2006年)
民主主義は自由と何の関係もない。民主主義は共産主義のソフトな変異形であり、思想史上、それ以外のものだと思われたことはほとんどない。
# 自由の基礎は、他者の介入を排除する私有財産制度である。一方、民主主義の下では多数決ルールにより、多数派が少数派の財産を合法的に奪うことができる。したがって自由と民主主義は両立しない。「自由民主党」という矛盾した政党名は、この真理にまったく無知であることを示している。(木村)
Democracy has nothing to do with freedom. Democracy is a soft variant of communism, and rarely in the history of ideas has it been taken for anything else.
出所:lewrockwell.com
参考記事:民主主義を疑へ - ラディカルな経済学

2015年2月14日土曜日

ビットコインの死

ジェフリー・ロビンソン(Jeffrey Robinson, 米作家)
――仮想通貨ビットコインについて。(2015年)
もしも政府がビットコインをなくしたければ、2分しかかからない。それでおしまいだ。2分で政府はビットコインを抹殺できる。ビットコインの全取引と全保有に500%課税すればよい。そうすればビットコインは死ぬ。
# ビットコインは便利な決済手段かもしれないが、電子通貨ゆえに政府から取引履歴を補足されやすく、その結果、ロビンソンが指摘するように、課税の標的になりやすいという弱点を持つ。その点、金貨に代表される貴金属通貨は、政府が取引監視に乗り出しているとはいえ、プライバシー保護の面で、より優れている。市場が長い歴史をかけて選んだ通貨には、あなどれない強みがある。(木村)
If a government wanted to kill bitcoin it would take them two minutes. That's all. In two minutes they could kill off the whole thing. They would just tax every bitcoin transaction and all bitcoin holdings at 500%. And bitcoin is dead.
出所:ibtimes.co.uk

参考記事:リバタリアン通信: ビットコインの限界

2015年2月13日金曜日

和平合意への不安

ポール・クレイグ・ロバーツ(Paul Craig Roberts, 元米財務次官補・エコノミスト)
――ウクライナ紛争とプーチン露大統領について。(2015年)
〔ドネツク州とルガンスク州のロシアへの〕統合によって紛争を終わらせることに失敗し、プーチンはみずから西側のプロパガンダに身をさらすことになった。その結果、紛争が何カ月も不必要に長引く間、西側におけるプーチンのイメージと評判はめちゃくちゃになった。プーチンは「ヒトラーの再来である」。「ソビエト帝国の復活をもくろんでいる」。〔略〕 
かりにロシア軍がウクライナに侵攻して同国を制圧し、ロシアに再統合したとしても、プーチンをこれほど悪者扱いするのは行き過ぎだろう。ウクライナは、ソ連が崩壊し、米国の求めに応じてロシアから分離するまで、数百年にわたりロシアの一部だった。
# 2月12日、ウクライナ東部の和平を目指す新たな停戦合意が結ばれたが、ロバーツは、成功の見込みはほとんどないとみる。理由の一つは、合意の当事者に米国が入っていないこと。「米政府がウクライナに軍を派遣し、操り人形である同国政府の軍を訓練しようとしているのに、どうやって和平を取り決めるというのか」。停戦合意では米国のこの計画に言及していない。一方でロバーツは、米国など西側メディアによってまるで悪魔のようなプーチン露大統領のイメージが形作られていることを危ぶむ。相手国の指導者を一方的に冷酷な悪人として描くのは、いつの時代も戦争屋の常套手段だ。(木村)
By failing to end the conflict by unification, Putin set himself up as the punching bag for Western propaganda. The consequence is that over the many months during which the conflict has been needlessly drawn out, Putin has had his image and reputation in the West destroyed. He is the “new Hitler.” He is “scheming to restore the Soviet Empire....” 
Putin could be no more demonized even if the Russian military had invaded Ukraine, conquered it, and reincorporated Ukraine in Russia of which Ukraine was part for centuries prior to the Soviet collapse and Ukraine’s separation from Russia at Washington’s insistence.
出所:paulcraigroberts.org

参考記事:リバタリアン通信: プーチン非難の欺瞞

2015年2月12日木曜日

ピケティは公正の夢を見るか?

ウォルター・ウィリアムズ(Walter E. Williams, 米経済学者)
――経済的不平等について。(2015年)
トム、ディック、ハリーがポーカー遊びをするとしよう。ゲームの結果、トムは75%の確率で勝ち、ディックとハリーはそれぞれ15%、10%の確率で勝った。この結果からは、ポーカーの公正や正義について何も言うことができない。トムの勝率が不釣合いに大きいのは、トムが抜け目なくプレーしたからかもしれないし、巧みにイカサマをしたからかもしれない。〔略〕 
結果から公正かどうかを判断することはできない。経済的に公正かどうかを判断するには、結果ではなく、過程を調べなくてはならない。
# トマ・ピケティ『21世紀の資本』のように、経済活動の結果をどれだけ詳しく調べても、それが公正かどうかはわからない。もしかするとピケティは、ほんとうは公正や正義に関心がないのかもしれない。(木村)
...Suppose Tom, Dick and Harry play a weekly game of poker. The game’s result is that Tom wins 75 percent of the time. Dick and Harry, respectively, win 15 percent and 10 percent of the time. Knowing the results of the game permits us to say absolutely nothing about whether there has been poker fairness or justice. Tom’s disproportionate winnings may be a result of his being an astute player or a clever cheater.... 
As such, a result cannot be used to determine fairness or justice. To determine whether there has been economic justice or fairness, we must go beyond results and examine processes.
出所:lewrockwell.com

参考記事:
リバタリアン通信: 『21世紀の資本』の致命的誤り
リバタリアン通信: 良い格差・悪い格差

2015年2月11日水曜日

EU解体か超政府か

デヴィッド・ストックマン(David Stockman, 米元政治家・評論家
――ギリシャと欧州連合(EU)について。(2015年)
ギリシャ急進左派連合(SYRIZA)の言い分は正しい。すなわち、同国の困窮した国民は、ギリシャ国債を買ったドイツ銀行などの銀行家や投機家に借金を負ういわれはない。国債は旧政権が軽はずみにも発行し、銀行などのトレーダーやファンドマネジャーが愚かにも買い入れたものである。ドイツ政府がこれらの負債を自国の納税者に移し替えたのはドイツ自身の問題であり、ギリシャの問題ではない。〔略〕 
ドイツの選択肢は、ギリシャにユーロ圏を脱退させ、EUという救済国家全体を解体し、国家主義の愚行に対するツケを払う以外にない。 
さもなければ、ブリュッセル〔EU本部〕とフランクフルト〔欧州中央銀行〕に権力絶大な超政府を誕生させるかである。欧州に残る民主政治と資本主義の繁栄は間違いなく消え失せるだろう。 
超政府を選択すれば、ドイツ国民は永久に他国民の借金を背負わされることにもなる。
# 借金を踏み倒すギリシャはけしからん、という論調が目立つけれども、貸した側の「自己責任」も問われなければならない。EUが解体すれば、ギリシャを含む放漫財政の国々はもはやドイツに頼ることはできず、自力で経済を再建しなければならない。そのほうが欧州の将来は明るいだろう。ただし超政府という最悪の選択も否定できない。(木村)
So Syriza is right to say that the devastated citizens of Greece do not owe Deutsche Bank and the rest of the bankers and punters a dime for the Greek bonds that their earlier governments imprudently issued and which the traders and managers of these institutions foolishly bought. The fact that German government caused these debts to be transferred to their own taxpayers is Berlin’s problem, not Athens’.... 
In short, Germany has no choice except to let Greece go and to allow the entire EU bailout state to unravel, and then to pay the piper for its statist follies. 
The alternative is an all-powerful superstate in Brussels and Frankfurt that will necessarily extinguish whatever remains of political democracy and capitalist prosperity in Europe. 
The latter would also permanently bury German taxpayers in other people’s debt. 
出所:davidstockmanscontracorner.com

2015年2月10日火曜日

危機は国家の増進剤

ロン・ポール(Ron Paul, 米元政治家)
――はしか予防接種と自由について。(2015年)
もし私がまだ現役の産婦人科医で、母親の一人が子供に予防接種をさせるつもりはないと言ったなら、思い直すよう説得するだろう。しかしもし説得できなければ、母親の判断を尊重する。政府にロビー活動をし、親の反対にもかかわらず子供に予防接種を命じる法律を作らせたりはけっしてしない。残念ながら、はしかの流行に対する最近のパニックによって、自称リバタリアンを含む多くの米国人が、すべての子供に予防接種を強制する新たな権力を政府に与えるよう求めている。〔略〕 
予防接種に関する親の判断に優先する力を政府に与えれば、必然的に他の自由も縛られることになる。結局のところ、もし政府の判断が親や個人の判断に優先するなら、私たちの生活のどの分野で政府の介入を排除できるだろうか。
# 人間は大小の危機が起こると、ともすれば政府権力にすがりつく。だから政府は危機を歓迎する。経済的、軍事的な危機をみずから作り出しさえする。危機は国家の増進剤なのだ。(木村)
If I were still a practicing ob-gyn and one of my patients said she was not going to vaccinate her child, I might try to persuade her to change her mind. But, if I were unsuccessful, I would respect her decision. I certainly would not lobby the government to pass a law mandating that children be vaccinated even if the children’s parents object. Sadly, the recent panic over the outbreak of measles has led many Americans, including some self-styled libertarians, to call for giving government new powers to force all children to be vaccinated.... 
Giving the government the power to override parental decisions regarding vaccines will inevitably lead to further restrictions on liberties. After all, if government can override parental or personal health care decisions, then what area of our lives is off-limits to government interference?...
出所:ronpaulinstitute.org

2015年2月9日月曜日

なぜはるばるイスラム国攻撃?

パトリック・ブキャナン(Patrick J. Buchanan, 評論家)
――イスラム国(ISIS)に対する米軍の攻撃について。(2015年)
もしトルコや(サウジアラビアなど)スンニ派アラブ諸国がシリアへの地上軍派遣を渋るのなら、なぜ米国がそれをやる必要があるのか。なぜ脅威がより差し迫り、手近に軍隊のある諸国でなく、地球の裏側にある米国が派兵しなければならないのか。 
3万人のイスラム国聖戦士を打ち負かすことが、なぜ米国の仕事で、それら諸国の仕事ではないのか。
# 米国の仕事でなければ、日本がそれを助ける理由もない。(木村)
And if the Turks and Sunni Arabs are unwilling to put boots on the ground in Syria, why should we? Why should America, half a world away, have to provide those troops rather than nations that are more immediately threatened and have armies near at hand? 
Why is defeating 30,000 ISIS jihadists our job, and not theirs? 
引用元:lewrockwell.com